筆の速さと森先生

「なろう」になじめない中年作者が思ったことを書くエッセイ 「なろう」になじめない中年作者が思ったことを書くエッセイ
この記事は約5分で読めます。

このエッセイは、小説家になろうでの連載作品を一部改稿のうえ転載したものです。
 その点をご留意の上、お読みください。

筆の速い人と遅い人がいる。
私は自分では、遅い方だと思っている。

「筆が遅い」の慣用句がわからない方のために書いておくと、「筆」というのは執筆速度を指している。現代なら「キーボードが遅い」というべきところかもしれないが、そうするとまるで「タイピングが拙い」意味に聞こえ、さらに「スマホが遅い」といえば「フリック入力が遅い」意味になるどころか「通信速度が遅い」意味になるのだから不思議である。
小説書くのに筆なんか使わねえよ、と思っても、ここは「筆が遅い」と先人に倣った方が都合がよいようだ。

閑話休題。

世の中には、やたらめったら筆の速い人がいる。
「小説家になろう」ならば、毎日それなりの文章量を投稿する人。書き溜めてるんだよ、といえばそれまでだが、一日に均してその量が書けるとしたら、やはり作者の実力である。

森博嗣先生などは、本当に筆の速い作家だ。
『作家の収支』を拝読して知ったことだが、森先生は「1時間で6000文字(原稿用紙約20枚分)を出力する」らしい。おばけである。しかもプロットはなし。タイトルを決めて、犯人も決めずに書き始めて、半分くらい書いたところで犯人を決めて残りを書く。辻褄の合わないところはそれから修正する……Wikiに書いてある(笑)。

こんな作家はそうそういないだろう。
いや、そうそういられては困る。

ところが、だ。
森先生の執筆スタイルを、私は最近、非常に身近に見ている。

「小説家になろう」などのWeb小説投稿サイトである。

もちろん天下の森博嗣先生と、有象無象のWeb小説家たちを一緒にするわけではない。
森先生のすごいところは、その執筆速度もだが、スケジュール管理の完璧さである。締め切りは必ず守る。締め切りの守れない仕事は引き受けない。ご本人いわく「仕事として当たり前」だから実行されているのだが、「締め切りとは破るためにある」と豪語していた(気がする)北杜夫先生のエッセイを浴びるように読んで育った私としては、すげえな、の一言しか出てこない。
Web小説というのは、今のところは趣味でしかない。将来の作家稼業を夢見る人もいるだろうが、お金をもらって書いていない以上、仕事とは呼べない。また契約を結んだ職業作家と違って、作品を書き上げる義務はない。無論、プロだって契約を反故にして筆を絶つことはできる。だがお金はもらえないし次の仕事がまわってこなくなるかもしれない。書くも書かないも自分次第のWeb小説家が、自分にもプロと同じプレッシャーがあるというのは言い過ぎだろう。

だが、その執筆スタイルは、やはりよく似ている。

① タイトルを決める
② とりあえず書く
③ 意外性のある結末を考える
④ 最後まで書く

似てるか? と思う貴兄もいるだろうが、①②の流れで書き始めたことのある作者はかなりいるはずだ。
「なろう」ではタイトルが特に重要だと言われている。手ごたえのあるタイトルが思いつけば、その時点で大まかな舞台設定や登場人物も決まっているため、とりあえず書き始めることができる。
③はプロットなしの見切り発車なのだから、当然の流れである。この時、読者からの感想が入ってくる「なろう」だと、ひょっとしたら読者に喜ばれる結末を選択してしまうかもしれない。執筆の原動力にもなるが、感想とはやっかいなものだ。
そして④――結末まで書けるかどうかが最も、森先生とWeb小説家の似て非なるところである。

逆にいえば、意外性のある結末を考えて最後まで書くことができれば、Web小説投稿サイトには第二・第三の森博嗣が生まれるかもしれない。

そういえばもう一つ、森先生とWeb小説家の分水嶺がある。
締め切り……ではない。あってもいいと思うが、私が考えていたものとは違う。

それは、完成予定枚数である。

結末を考えずに書き始める森先生だが、完成予定枚数は出版社からの依頼により決まっている。全体のボリュームが最初に決まっているからこそ、半分くらい書いたところで・・・・・・・・・・・・意外性のある犯人を決めることができるのだ。
その一方、Web小説には終わりがない。いや、終わりがなく、なりがちである。
私はあまりWeb小説を読み込んでいないため推測になってしまうが、いわゆる「エタる」作品の一部というのは、完成予定ボリュームの縛りがないからこそ「エタってしまう」のではないだろうか。上記の①②が物語を広げる過程ならば、③④と畳まなければエンドマークをつけることはできない。
(まぁ保坂和志先生のように、どこでぶった切ってエンドにしてもかまわないという考え方もありますが)

とはいえ、このエッセイもWeb小説家が職業と認められるようになれば、鼻で笑われるようになるだろう。
『十二国記』や『創竜伝』のように年単位で続編が出なくても当たり前、いつか作者の遅い筆が動き出して続きが読めれば感慨無量、という日が来るかもしれない。

来るといいね。

というか『十二国記』新作おめでとう!
最初から読まないともう設定とかうろ覚えだよ!

閑話休題(2回目)

繰り返しになるが、私は自分では筆の遅い方だと思っている。
昨年末からオフラインで小説を書いているが、タイプするよりディスプレイを眺めている時間の方が長い気がする。しかも主人公が私より学歴も知能も高いので、知識が足りないとすぐに筆が止まる。心理的な掘り下げが足りなくても止まる。しょっちゅう止まる。しょうがないので眺めている。

しかしそんな私でも、締め切りがあれば守る努力はせねばならない。

このエッセイに締め切りはないが、なんとなく、火曜の夜7時に続きを投稿するようになった。第4話こそ19:04だが、以降の第6話まできっちり週一更新である。今週は私事が忙しく、今日まで何の準備もしていなかったのだが、ここで習慣を崩すのももったいなく思えて無理やり書いた。

というわけで、筆は遅くとも何でもよければ2時間半程度でこのくらいは書ける。

無論、天下の森先生には敵わないのだけれど。

マスター
マスター

遅ればせながら、参考書籍をご紹介しておきます。
森先生が語る未来の作家像も必読です。
==================
『作家の収支』(幻冬舎新書)
 森博嗣・著
 幻冬舎・版
 2015年11月・初版
==================

「読んだよ!」と教えてくれると嬉しいです。
  • 読んだよ! 
  • また今度! 
タイトルとURLをコピーしました