改行と句読点、それから

「なろう」になじめない中年作者が思ったことを書くエッセイ 「なろう」になじめない中年作者が思ったことを書くエッセイ
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このエッセイは、小説家になろうでの連載作品を一部改稿のうえ転載したものです。
 その点をご留意の上、お読みください。

縦書きで書きあげた小説を、横書きに直している。

先日、自意識を折り曲げて作ったルールは下記のとおりである。

(1) 段落の前後に一行あきを入れる。
(2) 「セリフ」の前後は一行あきを入れる。
(3) こまめに改行する。

修正の手順も、おおよそこの順番どおり。
隣接している段落を引きはがし、ついでに「セリフ」もそれぞればらして、最後に各段落に含まれる改行を見直していく。

「こう」と決めてやれば、すぐ終わる作業である。

(3)以外は。

……いや、違う。
ほとんどの文末に私は、悩む間もなくエンターキーを打ちこんでいた。
それこそ検索置換を使って一括処理してしまえそうなほどに。

手が止まってしまうのは、20回に1回ほど。
読み下すために書いた部分である。

「読み下す」というと、いかにも縦書きの思考だが、実際は朗読の息継ぎに似ている。
句点(。)はすべて同じ長さというわけではないし、読点(、)もすべて同じ長さではない。
大きく間をあけることもあるし、反対に間をあけず流れるように読むほうがふさわしい文脈もある。

私は黙読するときも、そのようにして読んでいる。
もちろん飛ばし読みしたり、速読している場合は、その限りではないが。

他の人も同じかどうか、それはわからない。
なにしろ他人の頭の中は見えないから。
ただあくまで私の場合は、声に出していなくても緩急や強弱をつけて読んでいる。

美味しい食事こそ丁寧に食べるように、味わって読む。
すると自分で書くときも、気づけば同じように、読みながら書いている。
味見しながら塩加減を決めるようなものだ。

ああだこうだ考えながら、私は書く。筆が早いほうではない。書いては消し、消しては書く。
そのうちに気がつくのだが、頭の中のリズムをそのまま文字に起こすには限界があったりする。

例えば、主語や目的格を明らかにさせるために読点(、)を入れることがある。
あるいは、文字の並び順によっては、読みやすさのために読点(、)を入れることもある。

さらには書き言葉の体裁として、基本、文末には句点(。)をつけなければならない。

書き手の感覚として、間をあけないとしても、だ。

縦書きの場合、これもまた私の勝手なイメージなのだが、下の語が上の語をゆるやかに受け止めてくれるような気がする。
同じように文末は次の文頭に受け止められ、また次の文に続いていく。
そんなイメージで書いていた。

さて。これを横書きに直すために、改行を入れてみた、のだが……

……な〜んか、違う。

とはいえ、改行しないと横書きの文章としては長すぎるような。
どうもしっくりと来ない。

改行を入れたり消したりしつつ、じぃっと見つめているうちに、そもそも文字の並びが悪いのではなどと考え始めてしまう。
はたしてこの違和感は横書きにしたせいなのか、それとも横書きという別角度から見ることによってあぶりだされた、元からの痂疲なのか……?

私には前者のように思える。

確信はないのだが、もしはじめから横書きで書いていたら、違う文字の並びになっていたのではないだろうか。

実際に書いたものを見比べてみて、気がつく点はさほどない。
「センテンスが短くなったこと」と「構文が比較的、単純化されたこと」くらいである。

だが、たったそれだけで字面の印象がずいぶん違う。

もっと身もふたもない言い方をすれば、読みやすい(爆)。

自分で書いておいてなんだが、これはパンドラの箱を開けたようなものだ。
たしかに希望は入っている。
しかしその希望を実現するには、同じ内容をいちいち横書きで書き直さねばならないわけで。

検索置換とか一括処理とか言っているレベルではない。

…………どうしよう?

「読んだよ!」と教えてくれると嬉しいです。
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